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はてなブックマーク - 【京都行事レポート】三十三間堂、楊枝のお加持と大的大会
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本日、1月15日三十三間堂にて行われた、楊枝のお加持と大的大会に行ってまいりました。

三十三間堂の通し矢

大的大会(おおまとたいかい)は、江戸時代の「通し矢」にちなむ大会で、全国から二千人が参加し、京都の風物詩のひとつです。

朝早くから行列が出来ています。
晴れ着姿の新成人の姿が沢山。

本日は、平安時代からの伝統をもつという法要『楊枝のお加持(やなぎのおかじ)』も行われることもあり、大変な人の行列でした。


【楊枝のお加持 やなぎのおかじ】とは
インド伝来の修法で、聖樹とされる「楊枝・やなぎ」で、観音さまに祈願した法水を参拝者に注いで、諸病を除くというもの。特に頭痛に効くと伝えられています。 三十三間堂HPより


堂内は撮影禁止のため、写真はありませんが、国宝風神・雷神をはじめ二十八部衆と千体千手観音立像は圧巻でした。お加持の後は、大的大会の会場へ。

通し矢として有名な大的大会。三十三間堂
的は随分先にあります。
こちらも、すごい人でなかなか動けませんでしたが、左の奥に写っているのが、的です。

豊臣秀吉が作ったと言われる、三十三間堂南大門。
帰りは、境内を抜け南側の南大門へ。京都デニムのある塩小路通にでます。
三十三間堂の太閤塀

太閤秀吉と三十三間堂
当時、交通の要所だったこの地に目を向け、後白河院や清盛の栄華にあやかろうと思い立った秀吉は、その権勢を天下に誇示するため奈良大仏を模した大仏殿方広寺を三十三間堂の北隣に造営しました。

秀吉の桐の紋が瓦にずらりと並んでおります。

お堂や後白河上皇の御陵をも、その境内に取り込んで土塀を築いたのがこの南大門・太閤塀(ともに重文)です。今もその遺構が残り、瓦には太閤秀吉の桐の家紋が刻まれています。


本日の立ち寄りスポット:蓮華王院 三十三間堂